スタジオジブリ『おもひでぽろぽろ』はなぜ人気がないのか

映画

[出典] https://www.ghibli.jp/works/omoide/

作品情報

原作    岡本螢・刀根夕子

監督    高畑勲

脚本    高畑勲

キャラクターデザイン    近藤喜文

音楽    星勝

制作    スタジオジブリ

製作  「おもひでぽろぽろ」製作委員会

配給    東宝

封切日  1991年7月20日

あらすじ

現在の自分に漠然とした物足りなさを感じている27歳のOL岡島タエ子は、休暇を取って姉の夫の実家がある山形へ出掛ける。東京育ちのタエ子は、小さな頃から田舎のある生活に憧れていたのだ。旅の途中で、彼女はふと小学5年生の自分を思い出してしまう。一度蘇った思い出はタエ子から離れていかなかった。もう一度、自分を見つめ直す時なのかもしれないと、タエ子は思いをはせる。山形駅に着いたタエ子を待っていたのは、新しい農業に意欲を燃やしている青年、トシオだった。トシオの案内でタエ子は田舎の気分を満喫する。自然と調和しながら生きている農家の人々の姿に、地に足の着いた生活の魅力を発見するのだった。そして、東京へ帰る日の前夜、おばあちゃんから、思いもかけない話題が出る。

鑑賞のポイント(たえ子の思い出)

山形の田舎生活で、たえ子は小学校5年生の頃の記憶を思い出していく。そして、彼女の思い出が私たちの子供の頃の記憶を思い起こさせる。『おもひでぽろぽろ』の中で描かれるたえ子の幾つかの思い出の中から、私たちのノスタルジーを刺激するエピソードを3つ紹介したい。

① 分数の割り算

小学校5年生のたえ子は分数と分数の割り算が理解できず、算数のテストで25点を取ってしまう。呆れた姉は「分数の割り算は分母と分子をひっくり返してかけるだけ」とたえ子に教える。しかし、たえ子は2/3を1/4で割るということがどうしても頭で理解できない。「ひっくり返してかけるだけ」だが、分数の割り算の仕組みを理解していないたえ子には、それが素直にできないのである。こだわりが強い人にとって、頭で理解できていなければ、言われたことを素直に実行することが難しい。「分数の割り算がすんなり出来た子は、その後の人生も上手くいく」と大人になったたえ子はこの思い出を回想しながら述べるが、案外これは間違っていないのではないか。大人になってみると、物事を難しく考える人よりも、深く考え過ぎない気楽な人の方が何事も順調に上手くいっているように思える。仕事もプライベートでも考えすぎてしまう人の生きづらさが、このエピソードで描かれているようだ。

[出典] https://www.ghibli.jp/works/omoide

② 学芸会

小学校5年生の学芸会。たえ子の役はセリフが一つだけの村の子1。しかし、たえ子はこの役の演技で思わぬ才能を発揮する。これが評判になり、大学の劇団から出演依頼がくることになり、たえ子はスターになった自分を想像し、舞い上がる。母親や姉たちもその知らせに喜ぶのだが、父親だけが断固反対。劇団の話はなかったことになり、1組の青木さんがたえ子の代わりに出演することになる。青木さんが嫌な気持ちにならないように、母親は最初に出演を依頼しに劇団の人がたえ子のところにやってきたことは言わないようにと釘をさす。残念で悔しい気持ちを感じながらも、たえ子は「ひょっこりひょうたん島」を歌い、商店街を歩いていくのであった。優秀な姉たちに比べ、特に目立ったところがなかったたえ子にとって、初めて自分が注目され、評価された小学校5年生の学芸会のはいろいろな思いが詰まった記憶に違いない。初めて人に評価された時、認められた時のことを人はみな覚えているのではないだろうか。自分が初めて何者かになれた時、なれそうだった時に人は少し成長するのかもしれない。父親に反対され、母親には出演依頼がきたことを口止めされ、理不尽な思いを感じながらも、歌を歌いながら歩いていくたえ子にどこか子供の頃のほろ苦い思い出を感じてしまうのだ。

③ 隣の席のあべくん

田舎生活が終わりに近づいたとき、お世話になっている農家のお婆さんからトシオの嫁にきて欲しいと言われ、雨の中、家から飛び出してしまうたえ子。そこにトシオが車でやって来る。車の中で、たえ子はトシオに小学校5年生のときに隣の席だったあべくんの話を語る。当時、みんなから嫌われていたあべくんの陰口や悪口を絶対言わなかったたえ子。しかし、たえ子は心の中で、早く席替えをして、あべくんの隣から離れたかったのだ。そんな中、あべくんの転校が決まり、彼はクラスの一人一人と握手をしていく。だが、たえ子の番がくると、「お前とは握手してやんねーよ」と言い、彼はたえ子との握手を拒絶する。自分が隠していたあべくんへの嫌悪感を、彼に見透かされていたと感じ、たえ子は自分が恥ずかしくなってしまう。この時に抱いた自分の正義感の薄っぺらさが、田舎暮らしに憧れていたにもかかわらず、実際に農家に嫁ぐという選択を迫られると逃げ出してしまう自分の気持ちの薄っぺらさが重なっただ。何も言わず、タバコを吸いながらたえ子の話を聞くトシオ。話を聞き終わると、彼は「男心を分かってない」と彼女に言い、あべくんが握手を拒んだのはたえ子の気持ちを見透かしていたのではない。あべくんは単に、たえ子のことが好きだったのだと口にする。男の子は好きな子の前でカッコつけたり、イタズラしたりするもの。みんなから嫌われていたことを自分で知っていたあべくんが一番握手したかったのは、他でもなくたえ子だったのだ。トシオの言葉を聞き、たえ子は家に帰ることを決める。過去の自分や友人が、あべくんのように、ふと前に現れ、大人になった私たちに苦い思い出を呼び起こすのである。

まとめ

『おもひでぽろぽろ』は、大人向けの作品だ。何か大きな出来事が起こるわけでもない。どこかに冒険に行くわけでもない。田舎生活の中で、ふと子供のことを思い出していくだけである。子供には、この作品の面白さを理解することは難しく、この作品の良さを感じることができる人も少ないと思う。しかし、小学校5年生のたえ子の数々のエピソードが、育った時代は違えど、大人になった私たちの思い出を呼び起こし、ノスタルジーを感じさせてくれる。今を忙しく生きるのが精一杯で、過去を思い出し、昔の自分と向き合う機会が少ない現代にこそ、『おもひでぽろぽろ』という映画が私たちには必要ではないだろうか。すぐにこの映画の良さを理解することができないかもしれないが、そのような人には、10年後、もう一度見返してほしい。きっと、昔の自分と対話できるはずだ。『おもひでぽろぽろ』が他の作品と比べ人気がないのは、この作品の魅力を理解するには時間がかかるからだと思う。一度見たことがある人は、これを機にもう一度、見てみてはどうだろうか。

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